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大阪高等裁判所 昭和36年(う)961号 判決 1961年11月07日

被告人 岩倉利市

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法第二五二条第一項の期間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(弁護人の)控訴趣意第一点は原判決は事実を誤認しひいて法令の適用に誤りがあるから破棄せらるべきであるというのである。

先ず所論は、被告人は三田玄房に当選を得せしめる目的を以つて経営上の特殊の地位を利用して選挙に関する報道を掲載したものではないから罪とならない旨主張するようである。案ずるに公職選挙法第一四八条の二第三項は新聞紙、雑誌の経営上の特殊の地位にある者が、その公的な立場を離れていわゆる私的な立場からその地位を不当に利用して選挙に関する報道、評論を掲載することを禁止した規定であると解すべきところ、被告人の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官に対する昭和三五年四月一一日付、同月一八日付各供述調書中西正一、松岡脩平の検察官に対する各供述調書、原審第四回公判調書中証人北田通、同三田玄房の各供述記載、押収の紀北新聞号外(当裁判所昭和三六年押第二九四号)を綜合すると、本件号外は被告人が昭和三四年一二月三日頃高野口町会議長中西正一の病気見舞に行つた際かつらぎ町長選挙の話に及び、同人より伊都郡町村会議長会で三田玄房を町長として適任であることを議決した旨を聞いたので、右議長会の意向を記事にして選挙の関心の高まつているかつらぎ町方面に報道すると共に、紀北新聞の販路拡張を目的として翌四日紀北新聞号外として掲載し、同月五日これを頒布したものであつて、三田玄房はこれまで盆、正月にかつらぎ町会議員として挨拶の広告を紀北新聞に掲載した外、被告人が高野口町会議員として町会議員の研修会等で顔を合わす程度の交際であつて、本件号外の記事を書いているときにも隣りの町の議員仲間として同人が当選すればよいなあと考えた程度であり、同人のため選挙運動をしたり、またはその依頼を受けたこともなく、本件号外の発行頒布について同人より依頼を受けたり金銭その他の利益を受けた事実もないことが認められる。従つて以上の事実関係からみれば被告人が「伊都郡町村会議長会三田候補推選に決す」と題し高野口町議会議長中西正一外三名がかつらぎ町長立候補者三田玄房氏を推すことに決定した旨の記事を掲載した昭和三四年一二月五日付紀北新聞号外約四、八〇〇枚を印刷させて選挙に関する報道を掲載しても、これを以つて被告人が紀北新聞の経営上の特殊の地位を利用して、その公的立場を離れ、いわゆる私的な立場から不当に同新聞を利用して三田玄房の当選を得しめる目的を以つて右の報道を掲載したものと認めることはできない。尤も被告人が右報道の掲載が結果的には三田候補を推せん支持したことになることを認識していたことは前記認定のとおりであるけれども、被告人が表現の自由を濫用して選挙の公正を害さうとしたのではないのであるから本件号外の頒布によつて結果的に三田候補に有利に作用したとしても、同法第一四八条は新聞紙の選挙に関する報道の自由としてこれを認容しているものと解するのを相当とする。そうだとすると原判決が右報道の掲載を以つて同法第一四八条の二第三項に違反し、同法第二三五条の二第三号に該当するものとしたのは事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤りその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

次に所論は、本件号外は通常の方法で頒布せられたものであつて、その頒布は罪とならない旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠によれば、紀北新聞は公職選挙法第一四八条第三項第一号に定める要件を備え、かつらぎ町の購読者約五〇名に対しては月ぎめ購読料五〇円で郵送して販売していたのに、本件の場合は選挙に関する報道を掲載した号外を無償で且つ郵送の方法によらないで他の新聞販売業者をして読売、朝日、毎日、産経の各新聞紙朝刊に折込んで配達させると共に自ら及び労務者により直接配達して頒布したものであるから、たとい被告人が以前同様の方法で号外を頒布した事実があつたとしても、かかる前例は通常の方法による頒布でないことは言を俟たないところであるから、本件号外の頒布も通常の方法によらないで頒布したものといわなければならない。従つてこの点に関する論旨は理由がない。

次に職権で調査するに、原判決は本件号外の頒布について法令の適用として同法第二四三条第六号第一四八条第二項の外、同法第一四二条に違反し同法第二四三条第三号に該当する旨説明しているが、右第一四二条は同法第一四八条の新聞紙に該当しない文書に関する規定であると解しなければならないのに、原判決が本件文書を右第一四八条に該当する新聞紙であることを認めながら、その頒布について同法第二四三条第三号、第一四二条に該当するものとしたのは法令の解釈適用を誤りその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるものといわなければならぬからこの点においても原判決は破棄を免れない。

控訴趣意第二点、は原判決が被告人に対し選挙権及び被選挙権を三年間停止したのは量刑不当である旨主張するのである。

よつて案ずるに前段説示のとおり本件は通常の方法によらないで本件号外を頒布した点が有罪と認められるだけであつて、前述の動機、態様に鑑み原判決が被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し且つ三年間選挙権及び被選挙権を停止したのはいささか酷に失し、この点においても原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第三八〇条第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において次のとおり判決する。

原判決挙示の証拠によつて次のとおり事実を認定する。

被告人は昭和三二年一二月以来引き続き毎月三回号を逐つて定期に有償頒布する第三種郵便物認可済みの紀北新聞を編集発行し、これを和歌山県伊都郡かつらぎ町の購読者約五〇名に対しては月ぎめ購読料五〇円で郵送して販売していたものであるが昭和三四年一二月六日施行のかつらぎ町長選挙に際し立候補した三田玄房について昭和三四年一二月四日「伊都郡町村議会議長会三田候補推選に決す」と題し高野口町議会議長中西正一外三名がかつらぎ町長立候補者三田玄房氏を推すことに決した旨の記事を掲載した同年一二月五日付紀北新聞号外約四、八〇〇枚を同町中飯降二九四番地印刷業昭文堂こと松岡脩平に注文印刷させて選挙に関する報道を掲載したうえ、その中約三、七〇五枚を無料で同町大谷町営住宅五一号野崎諄子方外かつらぎ町内各戸に対し新聞販売業溝端和子外二名をして同日配達する読売、朝日、毎日、産経の各新聞紙朝刊に折込んで配達させると共に、自ら及び労務者中垣幸吉外一名により直接配達して頒布したものである。

法律によると被告人の判示所為は公職選挙法第一四八条第二項に違反し同法第二四三条第六号に該当するから所定刑中罰金刑を選択しその金額範囲内で被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し右罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、情状により同法第二五三条第三項を適用して同条第一項の期間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととし原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人をして負担させるべく、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田春雄 石原武夫 原田修)

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